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随筆・聖女の軌跡

マリア・ルース号事件


2008年秋、「聖女の道標」舞台化決定!!
出演者募集しております。希望される方は東京都あきる野市に通える範囲内の方に限定されます。


2007年7月6日より西多摩新聞にてスタートした「聖女の道標」。日本赤十字病院の看護婦・萩原タケを主人公にしたこの作品は、重い世相に流されることなく希望を描き続けたひとりの女性を快活に描いています。明治という時代を駆け抜けた彼女の活躍を、どうぞご期待下さい。
この随筆は「聖女の道標」の副本的解説書として、気軽にお楽しみ下さいませ♪

 明治の聖代に博愛を形とした日本赤十字社。
 日本という国は、博愛を求めて近代化を進めていく反面、その反面教師な矛盾も孕んでいた。特に差別的な矛盾は多く、その多くを今日ではタブーとして隠しおおせる現実も忘れてはいけません。
 そして隠しきれずに表の歴史に刻まれた事件。
 それが
「マリア・ルース号事件」
と呼ばれる事件です。


               ◇   ◇   ◇


 明治五年(一八七二)六月一日、南米ペルーの帆船マリア・ルース号が中国マカオからペルーに向かう途中、横浜に入港してきました。帆柱がこわれ、修理するために立ち寄ったのです。このときマリア・ルース号には清国人苦力約二三〇人が積み込まれていました。入港中に船を脱走した苦力は英国軍艦に逃げ込み船中での虐待行為を訴え、保護を求めてきました。この実態を周知した英国代理公使ワトソンから外務卿副島種臣に届いた手紙には
「マリア・ルース号は中国からペルーに人夫を運ぶもので、船の中を調べると残虐な行為がされているらしい。無法の行いは日本政府も許さないと思われる。もしこれを追及するのならば、できるだけ協力をしよう」
というニュアンスで記されてありました。同じような内容で米国代理公使からも外務省あてに連絡がありました。
 日本にとってペルーは条約未済国です。しかし、日本の法権のもとにこれを審議する必要が迫られたのです。政府内ではこれに対し
「人道上の立場や正義感から、たとえ外国船内のできごとでも、あくまでも日本で処理すべきである」
という主張と
「法的な面から権利のない問題にかかわって外国と事件を起こすのはよくない」
というふたつの主張が対立しました。この政府内での意見は、結局、副島種臣らの人道保護方針の意見が通ったのです。
 神奈川県庁で開廷をし、大江卓裁判長はマリア・ルース号のヘレイラ船長に対して
「杖百に当たるが赦免すなわち無罪」
と判決し、ついでに移民契約を無効だと判決を下しました。
 これにより苦力は全員清国に引き渡すという人道的立ち回りを行いました。
 しかしペルー国駐日公使ガルシアは、日本政府のこの横槍に対して抗議を行い、謝罪と損害賠償を求めてきたのです。この二国間の問題について、最終的にはロシア皇帝の仲裁裁判によって、明治八年(一八七五)五月二九日
「日本に賠償責任はなし」
とアレクサンドル二世は断じました。顧問米人スミスの助力も大きかったといいます。かくして日本は近代史上初の国際裁判に勝ったのです。
 しかし、ペルー側弁護人はこのとき大きな投石を日本政府に投じました。
「日本における人身売買」
の事実を指摘したのです。
 これについて日本は
「娼妓解放令」
を公布し、芸娼妓の年季奉公廃止を国内に布告しました。しかし、現実には
「貸座敷」
などと称して現存していく暗黙の了解を留めたのは云うまでもありません。

 マリア・ルース号事件は表面的には人道的にみて日本に賞賛が挙げられます。そして、そのことにより、日本こそ女衒等により人道が守られていない自国民がいることを世界に暴露されたのです。
 追い詰められた日本政府の最終的見解は
「芸妓・娼妓や前借金による年期奉公人などは、人にして人身の自由を奪われたもので、極端にいえば牛馬に異ならず、人より牛馬に代金を請求するいわれはないから、これらはすべて無償で解放すべし」
と令したものと、こじつけたのです。そしてこれは、人権宣言ではなく、経営者保護の大義名分でもありました。
「貸座敷渡世規則」
の施行はこうして成立しました。それは苦海の声に耳を傾けるのではなく、遊廓業者の権益をまもるために施行されたものでした。

 どうしてこのような矛盾が生じてしまったのでしょう。
 この背景が、明治創世記における薩長門閥とそれから漏れた派閥の、単なる主導権争いの道具であったというのが、現在の通説です。一握りの人たちの利権争いのために犠牲となる庶民。これだけは明治も現代も変わりのない虚しい政争というものなのでしょう。


 そして、この事件が起きた翌年、萩原タケは誕生しました。

追伸
こういうネタ扱うと、またトラックバックにいかがわしいのを貼られてしまうのだろうな……お願いだから勘弁してくださいね!

◎ 参考資料

◇マリア=ルース号事件
 http://www.tabiken.com/history/doc/R/R201C100.HTM

◇幕末・明治の肥前こぼれ話
   マリア・ルース号事件と石垣島の唐人墓
 http://blog.livedoor.jp/bakumatusaga/archives/51048898.html

◇部落学序説 「賤民史観」と遊女 その5 続
   「遊女解放令」を瓦解させた明治の知識階級
 http://eigaku.cocolog-nifty.com/jyosetu/2006/09/post_4f75.html


〈このエッセイは、週1~2回更新されます〉
 日曜小説家(幕末逍遙)、「千人同心がゆく」。幕末を駆け抜ける半農半士の異形集団……シリーズ第10弾「長崎幻想絵巻―宮崎弥十郎」。八王子からみつめる西洋の息吹。
http://blog.livedoor.jp/musuitouzan/

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